生成AIに自分で書いた一般相対論の学術論文を読ませてみる

こんにちは。エンジニアの浅見です。

AI部門に配属されて早1ヶ月半、業務として生成AIを使用する場面も増えてきました。今回の記事では、業務内の技術検証の派生ではあるのですが、普段とは趣向の異なるお話をさせていただきます。テーマは「生成AIに極めて専門性の高い文章を読ませるとどうなるのか」です。

生成AIの得意なことの一つとして「専門文書の要約や概要説明」が挙げられることは比較的有名な話かと思います。今回はその一例として、一般相対性理論の論文を読ませ、要約させてみる実験」をしました。ちなみに一般相対論を選んだ理由は、自分の論文があるので手頃だったからというだけです。また後半では、「なぜAIは論文を読めるのか?」を考え、その内容をもとに「ビジネス分野での応用可能性を考える」ことまで踏み込んでみました。

なお、ここで紹介する論文は一つの分野に限っておりますが、社内の知人や同期にも声をかけて色々な分野の論文で試しています。というわけで、他の分野にも応用できる話だろうと考えておりますし、一般相対論なんかに興味はない!!という方もぜひ読んでいただけると嬉しい限りです。

本記事ではChatGPTにより出力した文章を載せていますが、内容に誤りがある可能性がありますのでご注意ください。特に、論文の情報等についてはご注意ください。


はじめに

さて、「論文の要約」と一口に言っても、論文を読む目的によって観点も異なるかと思います。例えばSNSで他分野の論文を偶然見つけ、「この論文は何がすごいんだろう?」と思ったとします。ですが専門外の論文ですから、用語を調べるだけでも一苦労です。この場合は、対象論文の「背景」や「簡単な用語解説」を記載した上で、「新規性」がわかるような要約にして欲しいところです。一方、自身の研究に関連した論文を一通り把握したいのであれば、もう背景や用語の説明は必要ありません。(極端に言えば)「設定」と「結果」を端的に要約さえしてくれれば、あとはその論文を詳細に読むべきか自分で判断して研究を進めていけるはずです。それ以外にも、関連研究が互いにどういう関係にあるのか、自身の研究には役に立つのかを知りたいなど、状況・用途はさまざまでしょう。

そこで本記事では、以下の二種類の観点において論文をAIに読ませてみます。

観点①:大量の論文の概要を知りたい

→ 想定ケース:とりあえず気になった論文を保存しておき、一目で概要を把握する。

観点②:複数の関連論文を比較・考察したい

→ 想定ケース:自分野の関連研究が互いにどう関連していて、この分野にどう影響するのかを把握する。

各観点、実際にはもっといろいろなことを考えながら論文は読むわけですが、ここではこの観点で考えていきましょう。

観点①:大量の論文の概要を知りたい

使った論文やツールなどの概要

論文は昔私が書いた論文を用いますが、理由は単に、出力結果の正誤判断が容易なためです。以下が対象とした論文です。本記事では内容自体には触れませんので論文を読みに行く必要はありません。

※ PDFとしては雑誌のものでなくarXivにあるものを入力としてAIに入れています。

使用したAIモデルは「Gemini 2.0 Flash」です。その理由は以下です。

  • 大量の論文を要約したいので、応答が早い方が良い。
  • 論文の深いところまで把握する必要はない。

観点①においては、最近の業務で検証のために利用したSalesforceのプロンプトテンプレートという機能を用いました。プロンプトテンプレートについてはここでは説明しませんが、一言で言えば「再利用可能なプロンプト」です。具体的には、以下のようなプロンプトを用いました。(比較的単純ですし、本題とはズレるので、プロンプトの説明もここでは省略します。)

Participants: あなたは研究者です。世界中の研究者とコラボレーションして最先端の研究をしています。常に最新の研究に関する情報を収集し、さらに共同研究者等に情報を展開しています。

Relationships: あなたは、興味を持った論文を読んでその内容を要約します。共同研究者には海外の人もいるため、本文は英語で出力しなければなりません。また共同研究者の中には学生もいるため、難解な論文でもわかりやすく記載する必要があります。

Goal: あなたの目的は、論文本文の主張と新規性、および先行研究との関係性を抽出し、要約することです。

Instructions:

  • 添付されたPDFファイルから以下の内容を抽出し、要約してください。
    • 概要と結論
    • 主要な主張
    • 先行研究との関連性
    • 本研究の新規性
    • 今後の展望
  • 出力は必ず指定のHTML構成(サンプル参照)で行い、<!DOCTYPE>や、等のタグ・余計な解説や補足は一切含めず、テキストのみ返してください。

Please be sure to respond in English.

Data: 参照すべき情報は、以下のPDFファイルです。{参照すべきファイル}

Style and Tone: 一目で見て分かりやすいよう、出力内容は見出し・リスト・表を適宜使ったHTML形式とすること。期待される応答例の形式を厳密に守ってください。(必要があれば複数行で補足等も記載可)

【期待される応答例】.....(省略)

最近になってSalesforceがPDF読み込みに対応したので、ファイルとして添付しておけば、以下の画面にあるようにボタンを押すことでそれぞれのファイル情報が差し込まれたプロンプトが走り、要約を生成してくれるというわけです。

出力結果

各論文の出力結果は以下の通りになりました。いずれの場合も、出力にかかる時間は数秒からせいぜい20秒ほどです。また、その内容を生成AIで翻訳させたものも並べて表示しておきます。

論文①

論文①の要約(日本語に翻訳済み)

簡単に内容を見ていきましょう。まず、章立てはプロンプトテンプレートのサンプルの部分で指定したものとなっています。内容に関しても間違っていませんし、セットアップや結論を端的に表すことができていると言って良いです。

この要約に関して特筆すべき点は、"Relationship to Previous Researches"です。この部分には過去の主要な関連論文が記載されているのですが、関連する研究の元となった論文がきちんと反映されています。つまり、ある論文をきっかけに執筆された派生論文ではなく、元の論文がきちんとピックアップされているのです。この結果は論文の文脈を正確に読んでいると結論づける根拠の一つになりうるでしょう。

一方で不十分な点もやはりあります。例えば"Next Steps"では、(この部分は感覚的で説明が難しいのですが)あまり本質を捉えきれていません。内容としては間違っていないのですが、「次にやることではないのでは?」という気がしています。プロンプトを緻密に組んでいないという要因は大きいとは思うものの、論文の動機や背景と結びつけきれていないと感じました。

論文②

論文②の要約(日本語に翻訳済み)

こちらも章立てはプロンプトテンプレートのサンプルの部分で指定したものとなっています。内容に関しては、なんと、こちらは"Next Steps"として(比較的)期待通りのものが出ています。正直なところ、ここまで踏み込むと難しいんだよなあ...とは思いつつも、期待値通りの印象です。

論文③

論文③の要約(日本語に翻訳済み)

やはり章立てには問題ありませんね。どうやら少し、数学的な要素が多めに出ているようです。その一方で物理的な要素を網羅しきれていない印象です。とは言え"Relationship to Previous Researches"で正しく関連論文を紹介してくれていますから、要約としての機能は十分に果たしてくれるでしょう。

観点①に関する総評

おおむね、「論文のざっくりとした内容の把握」を目的とした場合には十分な機能を果たしていると考えて良いでしょう。要所要所でもう少し細かい内容まで触れても良いかも...とは思うのですが、あくまでも概要を把握するのが目的ですから、内容の全体的な要素は抽出できているように思いました。また既に述べた通り、今回使用したプロンプトは単純なものを使っており、改善の余地はまだまだあると考えていただきたいです。例えば論文の「抽出」と「要約」でプロンプトを分けたり、要約する観点をもう少し具体的に指定したりなど、様々な改善策が考えられます。ですがいずれにせよ、全体的に「考察」が浅い印象は見受けられます。想定外のところで文脈が無視されてしまったこともあれば、単に文章をそのまま出しているだけのこともあります。ここはやはり、軽めのモデルが故と考えています。

観点②:複数の関連論文を比較・考察したい

使った論文やツールなどの概要

使用した論文は観点①と同じように、以下の3件です(一応再掲します)。

使用したモデルは以下の理由から「GPT o3」を選択しています。

  • 高い推論能力を擁しており、複雑なタスクが得意。
  • 論文の内容を反芻し、さらに複数の論文を同時に処理してほしい。

これに加え、「Deep research」も利用しています。「Deep research」により入力の論文だけでなく関連論文を検索し、より深い洞察を与える魂胆です。

今回の入力としては、一度に3本の論文を与えた上で以下のプロンプトを投げました。 実際のやり取りは英語で行いましたが、本ブログ用に(AIで)翻訳したものを記載します。

これら3つのPDF文書をMarkdown形式で要約してください。

3つの論文それぞれの要約と、それらの論文同士の関係についてもまとめてください。

次に、これら3つの論文に関連する最近の論文を5つ挙げてください。

最後に、過去3年間に発表されたこれら3つの論文や、この分野の今後の研究について、あなたの意見を示してくだ>さい。

各論文ごとにarXivのURLまたはDOIが必要です。

あなたの意見には、これら3つの論文の事実だけでなく、他の研究についても含めてください。

また、もし可能であれば、著者による今後の研究の候補案も挙げてください。

これに対してo3は以下のように返してきました(元のやり取りは英語です):

ご要望通りの要約と分析を作成するために、いくつかの点についてご確認させてください。

  1. 要約、論文同士の関係、関連研究、意見、今後の展望といった、明確に区切られたセクションを持つMarkdownドキュメントをお求めでしょうか?

  2. 関連する最近の論文については、理論的発展、数値シミュレーション、AdS/CFT との関連、あるいは(天体物理学的意義などの)応用のどの分野に焦点を当てるべきでしょうか?

  3. 論文リンクについて、ご希望のデータベースはありますか?(例えばarXivのみ、あるいは可能な場合はDOIも含めてジャーナル論文も記載するなど)

ご要望に正確に沿った結果をご提供するため、上記についてご指示いただけますと幸いです。

これに対する回答は以下です(ここも日本語に翻訳済みです)。ここまでが入力となります。

ありがとうございます。

  • 要約、論文同士の関係、関連研究、意見、今後の展望といった、明確に区切られたセクションを持つMarkdownドキュメントをお求めでしょうか?

 → はい、Markdown形式での要約を希望します。

  • 関連する最近の論文については、理論的発展、数値シミュレーション、AdS/CFT との関連、あるいは(天体物理学的意義などの)応用のどの分野に焦点を当てるべきでしょうか?

 → 理論的発展の観点から、複数の文脈に注目してください。重力熱的カタストロフ、多体系の不安定性、一般相対論への興味、長距離相互作用系の性質、AdS/CFT、天体物理学的背景などを含めてください。

  • 論文リンクについて、ご希望のデータベースはありますか?(例えばarXivのみ、あるいはDOIも含めてジャーナル論文も記載するなど)

 → arXivとジャーナルのDOIの両方を記載してください。

出力結果

返答として、8ページに及ぶPDFをくれました。こちらは5分から10分ほどかかってしまいますが、検索もしてくれていますから仕方ありません。

以下に保存しておりますので、興味のある方はご覧ください。

github.com

今回は、あえて形式や章立てを指定していません。構成をChatGPTに任せてどうなるかまで見たかったからです。また観点①に関しては、大量の論文を見たいという動機から、形式が統一されている方が良いだろうと判断したと言う経緯も実はあったりもします。

内容について触れていきましょう。とはいえ、先ほどまでとは打って変わって読むだけで大変な量になっていますから、いくつかポイントを絞ってお話しします。

各論文間の関係性について(Relations Between the Papers)

まず、実はこれらの3本の論文ですが、全て関連しているものの③だけ少し違います。一方で、②は①の純粋な拡張になっています。この辺りの関係性は

All three works are centered on self-gravitating many-body systems in Anti-de Sitter space and employ the Einstein–Vlasov formalism (collisionless gas in General Relativity). The first two papers, by Hiroki Asami and Chul-Moon Yoo, form a natural sequence: the 2021 study established the existence and thermodynamic instability of AdS-confined isothermal spheres, and the 2022 paper generalizes this to arbitrary dimension, revealing that the qualitative behavior changes at $D=11$.

日本語版:

3つの論文はいずれも、AdS時空内の自己重力多体系を中心テーマとし、一般相対論における無衝突気体を扱うEinstein-Vlasov方程式を用いています。最初の2本の論文(浅見氏と柳氏によるもの)は自然な連なりとなっており、2021年の研究ではAdS空間内に閉じ込められた等温球の存在と熱力学的不安定性を示し、2022年の論文ではこれを任意次元に一般化し、$D=11$で定性的な挙動が変化することを明らかにしています。

この部分で①と②に関して記載されており、

Paper 3, while still within the Einstein–Vlasov-in-AdS paradigm, moves in a different direction by introducing rotation and symmetry-breaking.

日本語版:

3本目の論文は、引き続きEinstein-Vlasov系をAdS空間で扱っていますが、回転や対称性の破れを導入することにより、異なる方向性へと進んでいます。

ここで③について記載されています。ほぼ完璧と言って良いと思います。

さらに、このパートのまとめとしても以下のように明示されており、文章としても読みやすい構成になっています。

In summary, Papers 1 and 2 are tightly linked (authorwise and methodwise) in developing a thermodynamic stability theory of self-gravitating gases in AdS, while Paper 3 takes a more constructive, solution-generating approach to extend the catalogue of known AdS self-gravitating configurations.

日本語版:

まとめると、1本目と2本目の論文は(著者および手法の両面で)密接に関連しており、AdS空間内の自己重力気体の熱力学的安定性理論を発展させています。一方、3本目の論文はより構成的かつ解生成的なアプローチをとり、既知のAdS自己重力構成のカタログを拡張しています。

指定した通り、5本の論文を紹介してくれています。さらに、各論文の要約まで作ってくれていますので、それぞれの論文を読みに行かずとも概要がわかるようになっています。また引用している分野についても実はある程度ばらけており、文章の一部に偏らずに全体的な文脈をもとに参考文献を持ってきてくれているわけです。

AIの意見と今後の展望について(Opinion and Future Outlook

実はこの部分の「AIの意見」では、なかなか怪しいことを言っています。 例えば、以下の文章:

This has created a more nuanced picture: instead of a binary “AdS is unstable” conclusion, we see that there are islands of stability in phase space, bordered by instabilities, very much analogous to phase transitions in ordinary thermodynamic systems .

日本語版:

これにより、少しはっきりしたことがあります。「AdSは不安定である」という二元的な結論の代わりに、通常の熱力学系相転移と非常によく似た形で、位相空間の中に不安定性に囲まれた安定な“島”が存在することが分かってきました。

他の論文と今回の要約対象にした論文の主張が混ざってしまっているんです。完全に間違いというわけではないかもしれませんが、語弊のある言い方であることは間違いありません。それ以外にも「内容の偏り」が見られる他、少し対象の論文を褒め過ぎる傾向があります。

一方、「今後の展望」は、大まかには正しいことが記載されています。GPTは"Future Directions"を5つ、提示してくれています。例えば

Dynamical Stability and Time Evolution: One immediate next step is to go beyond the turning- point criterion and explicitly test the stability of the equilibrium states found in Papers 1–3.

日本語版:

動的安定性と時間発展:今後の直接的な課題としては、転換点判定を超えて、論文1~3で見つかった平衡状態の安定性を明示的に検証することが挙げられます。

こちら、私が用いている手法に対する次の段階として一般的なアプローチです。また、

Connecting to AdS/CFT: The holographic interpretation of these thermal states is a fertile ground for future work.

日本語版:

AdS/CFTとの関連:これらの熱的状態のホログラフィックな解釈は、今後の研究にとって非常に有望な分野です。

については元々の動機を考えれば避けては通れない問題となる、重要な課題です。他の3件についても一般的なアプローチや自然な拡張などを提示しており、その精度は十分高いと見ています。

ですがもちろん、「今後の展望」についても完璧ではないことに注意する必要があります。一部、根拠が明確でない文章も散見されています。やはり解析対象でなくWeb検索をした内容に関しては、それ以外に比べて精度がやや落ちる傾向があるようです。

観点②に関する総評

全体的な印象としては「語弊のある表現や不正確な情報はあるものの、情報整理としては極めて有用である」というものです。ここで生成AIが実行した内容とそれに対する評価を改めて整理すると以下のようになるかと思います。

内容 評価
各論文の要約生成 精度は高い
各論文間の関係性 精度は高い
関連論文の検索と概要 精度は高い
対象となった論文に対する意見 精度は低く、あまり信用できない
今後の展望 精度は高いが、注意が必要

総じて、単に入力として与えた対象の抽出や要約に関しては高い精度が出ています。一方、Web検索による追加情報や「AI自身の意見」が含まれる内容に関しては疑問が残る結果となりました。特に、「AI自身の意見」に関しては大きな注意が必要であると感じました。ですが、こちらについてはこの分野の研究者が時間を節約することが目的にありますから、そういった目的においては極めて有用であると考えます。

なぜAIは論文を読めるのか?

論文の特徴とAIとの相性の良さ

ここまでで「生成AIに論文を読ませてみる」ことの有用性が少しでも伝わったでしょうか?専門的な内容も多く含まれていたので、具体的な内容まで踏み込んで理解するのは難しいと思います。とはいえ、以下の部分はご理解いただけたのではないでしょうか。

  • 数十ページほどのPDFをわずかな時間で読み込むことが可能。
  • 極めて専門的な内容でも文脈を読み、内容に合わせて出力することが可能
  • 必要に応じてWeb検索を実行し、入力と組み合わせて文脈を読むことが可能。
  • 単に記載されている情報だけでなく、目的と主張をもとに次に何をすべきかも考えることが可能。

大切なことなのでもう一度言いますが、情報の正確性で言えば完璧ではありません。ですが十分なインパクトはあるかと思います。特にこれまで自力で論文を探し、比較検討し、考察を繰り返してきた方々は、恐怖すら感じると思います。この作業にかかる時間は膨大ですから。私の場合、この作業のみに修士を捧げたと言っても過言ではありません。

なぜこんなことができるのか考えてみましょう。単に書類や文章を読み込ませると言う話ではなく、「論文を読ませる」ことに特化して考察します。論文の大きな特徴の一つが

  • 研究の背景から動機、結論までが一貫して記載されている点

です。これは生成AIに内容を理解させる上で大きなアドバンテージになります。なぜなら生成AIは、入力の文章全体を見ることでその「全体の文脈」を理解するためです。論文を上から下から読めば、勝手に(というと語弊があるかもしれませんが)論理が繋がるのです。社内の資料を読んでいて、前提条件などがわからず苦労した経験のある方は多いかと思いますが、論文であれば、(一般的な前提条件は省略されますが)独自の前提条件はその中に書かれています。

もう一つの大きな特徴が

  • Web上に膨大な情報が公開されている点

です。(分野にもよるかと思いますが)基本的には、論文の内容は公開されています。過去に書かれた著名な論文から最新の論文まで、誰でもアクセスできるプレプリントサーバーが(APIも無償公開されてますしね)存在します。さらに、発表資料や研究者が独自にまとめた資料もありますし、英語の文書も充実しています。生成AIにWeb検索を許可してしまえばこれらの膨大な情報も考慮して文脈を考えることも可能です。

対照的にAIには苦手な部分

苦手な部分にも触れましょう。やはり、

  • 厳密な計算をすることはできない点

は大きなポイントになるでしょう。簡単な四則演算もできないことがよくありますから、論文で用いるような高度な計算は(現時点では)できないと考えるべきです。簡単な計算であれば、具体的な指示を与えることで計算可能になることもあるのですが、高度な計算について細かく指示を与えるぐらいなら自分で計算した方がマシです。そもそもどのように計算したらいいのかがわからない、ということも多いですから、正しく実行させるのは極めて困難でしょう。適材適所です。ここは諦めましょう。

ビジネス分野での応用可能性を考える

共通点と相違点から考える

ここまで学術的な論文を読み込ませることだけに注目してきましたが、この結果を踏まえ、ビジネスへの応用を考えてみたいと思います。本記事をご覧の方々はおそらく、学術寄りの方よりビジネス寄りの方が多いでしょう。通常はビジネスの一つとして学術領域へ進出するという考え方になるのでしょうが、ここは対照的に、学術的な知見を活かしてビジネス領域に進出するとしたら、という視点で考えていきます。

まず思いつくのは、「論文をビジネス文書に置き換えて類似の解析は可能か」になるでしょう。ビジネス文書の分類は様々です。見積書や報告書、提案書、設計書、契約書など、挙げていけばキリがありません。ここでは、先にあげた「論文の大きな特徴」の観点で考えていきます。

  • 得意な部分
    • 研究の背景から動機、結論までが一貫して記載されている点
    • Web上に膨大な情報が公開されている点
  • 苦手な部分
    • 厳密な計算をすることはできない点

得意な部分について、ビジネス文書に関して大きなネックになるのは

  • 必要な情報が各所に散らばっている点

  • 一般的なルールでなく、社内ルールに従わなければいけない点

  • そもそも公開されていない情報が必要な場合がある点

この辺りでしょうか。これらに関しては、社内のルールに従い、かつ権限等を適切に設定した独自のDBを構築するのが手っ取り早いでしょう。元々利用しているシステムにVector DBを構築することも考えられますし、本ブログの別記事でも紹介しているMCPサーバーを利用して接続を試みるのも良いでしょう。

また、利用できるAIサービスやモデルが制限されることも大きいポイントです。今回はすでに公開されている論文でかつ自身が著者でしたから、特に気にすることもなく自由にAIサービスを利用しました。ところが、ビジネス文書には機密情報や個人情報が含まれています。そもそも利用できない場合もあるので、制限事項も踏まえなければいけません(ビジネス側の視点から考えれば当然のことですね)。

一方で

  • 厳密な計算をすることはできない点

こちらに関しては、学術的な分野と比べて注意すべきことは少ないと考えています。計算が簡単、という話ではなく、ロジックが決められている場合が多いためです。事前に決められたロジックに従うようにシステムを組めば良いです。ただし、生成AIをロジックの処理に利用すべきかについては難しい問題です。単純な計算であれば、通常のプログラミングにより機械的な処理をすべきでしょう。

これに関連して、自然言語に従って指示をすることで「柔軟に」計算させることも可能な場合もあります。例えば、書類の複数箇所に数字が書かれており、特定の条件を満たす場合のみその値を抽出して、合計値の概算を出したいとします。この場合、

  1. 条件を自然言語で記載し、「このような条件を満たす場合、数値を抽出」と指示
  2. 抽出した数値を特定の形式で出力するように指示

とすると、比較的良い精度で概ね正しい値を計算することもできる場合があります(「場合があります」といった曖昧な表現になってしまうことはお許しください...)。ある種、要約に近い使用方法ですが、その上でプログラミングで計算させることで簡単に概算をさせることもできます。

高い専門性との相性の良さを活用する

別の考え方として、「専門的な文章の解析・要約が得意なことを活かす」こともできそうです。ビジネスをするにあたって、多種多様な業界のお客様と関わる機会があるかと思います。そして、ビジネスをする上でお客様の業界・業務を深く理解することは必要不可欠でしょう。しかし、お客様の業界・業務を理解することは極めて困難です。その業界にいるわけでもありませんし、その業務をしているわけでもありませんから、当然と言えば当然のことです。長い期間チームとして携わる中で徐々に身についていくもののように感じます。

このような場合に、例えば「お客様の業界に関する資料」や「経済・経営等の論文」を生成AIに読ませてみたらどうでしょうか。短時間でその業界や関連する専門知識を手に入れることが可能です。当然、生成AIに読み込ませても良いものの範囲でです。具体的な業務内容については難しくても、「業界の常識」などであればWebや(公開されてさえいれば)書籍にあるものを抽出・要約させることで業務時間を劇的に減らすことが可能でしょう。我々は効率的に業務を進めることはお客様にとってもメリットがあるはずです。

まとめと今後の展望

本記事では、論文を生成AIに読ませてその内容について考察してきました。観点として

  • 観点①:大量の論文の概要を知りたい
  • 観点②:複数の関連論文を比較・考察したい

これらの二種類を設定し、それぞれについて実際の論文を入力として与えました。いずれの観点においても(完璧ではないものの)その精度は高く、またそれぞれの観点に合わせた適切な出力を得ることができました。さらにその結果をもとに「なぜ論文を生成AIが正しく読めるのか」を考えました。論文の特徴に基づいて、生成AIが得意な部分と苦手な部分をそれぞれ検討したうえで、ビジネスにおける応用可能性を議論しました。

最後に、本記事はあくまでも執筆時点での考察になります。今後も生成AIのモデルは改良されますし、本格的に学術分野に投入されれば想定外の発展を見せることも考えられるでしょう。今回の実験を通し、学術分野において生成AIを利用の可能性を垣間見たように思います。ビジネス分野において生成AIが注目されていることは明らかですし、学術分野においても生成AIが注目されていることは感じてはいましたが、想像以上に「学術領域と生成AIとは相性が良さそうだ」というのが正直な感想です。ビジネス分野は当然のこと、学術分野における発展にも注目していきたいですね(これがビジネスにもつながる可能性も高そうです)。

参考文献

解析対象とした論文